以来2年6ヶ月の歳月がながれました。
私どもがこの派遣期間の12日間だけでも、日本から送られてくる新聞情報やインターネットや現地の新聞で知りうる日本のニュースや情報は「東海村JCOの臨界事故」を始めとして、日本社会の金融、産業、教育、政治のあらゆる制度が疲弊し、次世代に向っての体制づくりが遅々として進んでいないという実態でした。
トリード、デトロイト、ピッツバーグ、ニューヨクと走り抜けた12日間に体当たりで実感した事はアメリカ社会の持つ限りない活力でした。それは開拓力とも、時代創造力とも換言できます。
トリードの姉妹都市提携の熱い思いはトリード港を中心に世界に羽ばたこうとする中都市トリードの戦略以外の何ものでもありません。車の街−デトロイトが再び活気ある街に復興しようとしている息吹は駐車場政策一つにも、脈打っていました。鉄の街から見事に変身していたピッツバーグは限りない可能性を街づくりへのチャレンジに向わせていました。ニューヨークは2年半前の汚いイエローキャブ(タクシー)も近寄りがたかったスラム街やハドソン川周辺もかなり見事に整備され、地下鉄からは薄きたない車両が消えていた。ニューヨーク株式の上げ相場は十年続いている。
もちろん、ピッツバーグの環境保護局で「アメリカでやっている事は全て正しいとは思わないで下さい」との留意点を肝に銘じなければならないし、所詮、12日間のにわか派遣団の一員かもしれないが、あの時の木俣女史の言葉が終始、頭から離れなかった。
第一勧業銀行など三行が共同持ち株会社を設立するという、いわゆるビッグバンに対応した金融再編成の始まりは夏の衝撃的ニュースでした。名門の銀行の有り様からは考えられない事が次々と起ってくる。また、この事は産業界の再編にもつながる。大手の鉄鋼メーカーも一つそっくり潰してしまおうという計画もある。
一方で朝のテレビには円、ドルと並んでユーロという欧州共通通貨が表示され、日産はフランスのルノーから、マツダはフォードから社長がやってきて、会議は衛星放送で本国の時間帯に合わせて夕方から英語でやっているという。急テンポなグローバルな時代が既にやってきている。
こうした中で一番ボケッとしているのは地方も含めた日本の政治ではないのかという危機感がある。何よりも景気が悪く、失業率も5%というのは100人のうち5人が仕事がないという事態。現在10人いる職場は10人のまま経営を維持しようとすれば今の日本では潰れてしまう。半分にしなければ生き残れない日本社会の状況。
インターネットの通信料金が情報化の前に大きく立ちはだかっている。行政コストが日本の財政を圧迫しつづけている。そのための行革も一向に進まない。木俣女史の言葉通りの場面に日本は直面し、うろたえている。
グローバル化は言い換えれば自由競争と効率主義の世界。日本も我々も否応なくその渦中に身を置く事になる。そうした社会経済構造は深刻な歪みも生み出している。競争と効率というシステムに入れない層の人達に、どんな政治の安全網をかぶせたらいいのかという課題がそこにある。そうした様々な力関係の中で我々は新しい時代に突っ込もうとしている。
2年半前のあの頃、アメリカは次の世紀をリードする産業・企業によって生まれ変わりつつあったといっても過言ではない。今をときめくマイクロソフトやデルコンピュータ、ヤフーなどが大きく立ち上がってきていた。金融市場でもデリバティブが隆盛を極めていた。CNNの新社屋が稼動していた。次の時代を担う新産業を生み出す活力に満ちていた。全産業が自由経済の波に洗われ、ローコストとダウンサイジング競い、贅肉を削ぎ落とし、今の新産業社会を繁栄させた。コンピュータやデジタルコンテンツだけではなく、家事から、観光、スポーツまで新しいやり方、売り方が次々と爆発している。「お客(消費者)を喜ばせるものだったら何でもあり」の消費者主義が大爆発しているのだ。今回のアメリカ滞在中「人手不足」という言葉をどれだけ耳にしただろうか。
この2年半、日本はバブルが崩壊しても、未だ抱える負の遺産の何たるかが不明のまま、うろ耐えていただけではないのだろうか。持ち直すのが難しいまま・・
新しい技術や産業の活性化、それを可能たらしめるに非効率になった古い仕組みや制度を捨て去る事が今の日本には必要ではないのか。出産には神経質、消費には慎重、起業には臆病になっている。この国には未来に対する夢と挑戦する勇気が失われてしまっている。
アメリカはとめどもなく上昇気流に乗ってうごめいている。そしてアメリカが明日も世界を動かしていく「アメリカンドリーム」に乗って・・12日間のアメリカの実感である。