特集「揺れる豊橋」(2)

どよばし!

この1週間の総括

1、9日の緊急質問が終わった、翌日の地元紙を始め、各一般紙は「事務的な答弁」「議員の追求甘い」「傍聴席から不満、落胆・・」と書いている。
 当初から今回、緊急質問した各派代表7人は、質問時間(答弁含む)を30分を目途にするという原則(私は45分かかったが)、そして本会議質問は3回までという制限、マスコミと市民注視(傍聴席88席が一杯で場外にも入れない人が溢れた)の中で、議会での発言権と議会中の議案に対する調査権は保証されて いても、だからといって悪しき意味での議会万能が認められるものではない。

2、当然、調査権の限界もある。一歩町へ出ての調査権、ましてや捜査権などない議員がどれだけ真相解明できるだろうか、という現実を市民の皆さんはどれだけご存じなのだろう。否、議会と議員がどれだけ議員の権能について市民に知ってもらう努力をしてきたのだろう。

3、当然、ほとんどの市民の皆さんは、真相解明、市長の辞任?まで緊急質問に期待されるのが市民感情であり、それは当然だと思う。しかし、司法の捜査が進展している中で、真相解明は司直の手にゆだねるのが筋であり、また司直にしか究明捜査はできない。今後の推移を見る以外にない。

4、今回焦点になったのが市長がどうかかわったかである。公私の区別を明確にしている、経営には一切関与していないと言いながら、その会社の根抵当権を自分の土地に設定したままである、筆頭株主であったが3年前に売却して現在は株主でもない、かっては社長であったが昭和46年には息子に譲った、以後は役員 でもない。これをどう市民は判断するか。筆頭株主の問題は、言葉では解明できない。証明する証が欲しい。

5、予定価格の漏洩疑惑については、かなりの新聞記事が発覚直後から「事前に予定価格つかむ?」と報じた。
 新聞記者に「予定価格はどういう価格かご存じですか」と聞くと、ほとんどの記者は曖昧だった。この取材を通じて、談合の仕組みを勉強しているという。

6、漏れていたのは予定価格なのか、設計価格なのか、あるいは設計価格は、売られている単価表で、コンピュータの積算ソフトで計算されるから、ほとんどよく似た一定の価格が算出されてくる。当然、そこから、いわゆる部切りが掛けられるが、これも今までの入札結果と照らし合わせれば、大体予想がつく。果たし て予定価格は本当に漏れていたのか。

7、この予定価格は、あえて本会議緊急質問で取り上げたように、入札30分前くらいに、契約課長と財務部長との間で決められ、封印して、入札会場へ持っていく。そして入札が始まる。1億8000万円以上の入札については、事前に積算書のチェックが行われる。30分間に封書の中の数字を読みとる神通力があっ ても、積算書までは改編できない。
 しかし、全てが脚本化されていれば、別に神通力がなくても、予め知ることができる。全てを脚本化するためには庁舎ぐるみでないとできない。こんな事が果たしてできるのだろうか。

8、逆に談合をやろうとするならば、どんな防止策があっても、やる人はやる。これはどれだけ交通事故対策を打ってもなくならないのと一緒である。開けっ放して買い物に行っても、泥棒に入られない事もある。逆にどれだけ万全に戸締まりをしても、泥棒に入られることもある。あくまでも業者に談合をやろうという 意志があるかどうかだけだ。

9、進退については「親としては不徳の致すところ、しかし長男の経営する会社であっても一企業。市長である公人として今後、厳正に注意を重ね、入札制度の改善に取り組み、職務を全うしたい」の姿勢は変わらず。強気。

10、「事件の徹底糾明と入札の抜本見直しなど万全な措置を講じ、早急に市民および議会の信頼を回復するよう要望する」を骨格とした「緊急決議」の最後に、「議会としても、これまでの反省に立って、機能を十分に発揮し、市民の信頼に応えることとする」と追加した。
 この入札議案にどれだけチェック機能が働いたのだろうか。今後、どこまで議会機能を発揮する議会に再生できるのだろうか。

 秋の陽が夏の名残と共に、苦渋の豊橋の街に降り注ぐ。

 9月15日、近くの会館で行われた敬老会。300人近くのお年寄りが元気に集まってきた。敬老会に来れる人たちは幸せだ。寝たきりの人はどんな思いで、今日を迎えたのだろうか。

 校区内の3人の市会議員の来賓挨拶、自民のもと副議長、「いつまでもお元気で長生きして・・」共産の新人議員、「ホームヘルパーの24時間制、週3回への拡大などに頑張っていきたい・・・」、そこで私は


 ”とよはし”という街の名の由来は豊川に豊橋(とよばし)がかかっていて、川は汚れても街は汚れてはいけないという思いで”とよはし”と名付けた。
 今、”とよばし”どころか”どよばし”です。いうまでもなく駅前広場の電気工事の談合疑惑で4人が逮捕され、うち1人が市長の長男であるというとんでもない事件が起きました。

 戦中、戦後の混乱期から豊橋の街づくりにご尽力いただいた皆さんは今、この事件をどう見つめておられるのでしょうか。私達、議員も本会議緊急質問を始め、不眠不休でこの問題に正面から取り組んでいます。

 私達はバッチをつけさせていただいています。私はこのバッチは「市民の皆さんの小使いです」という目印だと思っています。

 昨年春、市議会議員選挙の時、この地域はご承知の通り、候補者乱立で大変な激戦でした。中学3年の息子が「オヤジ俺の部屋へ来てくれ」と私を呼びました。そしてこういうのです。「オヤジは市会議員は経験あるけど、候補者の経験はあるけど、市会議員の子供の経験はないだろう。だから、お願いだから、中学校の近くだけは遊説カーが来ないようにしてくれ」。歯を食いしばってこう言いました。

 私は愕然としました。14才の息子が市会議員の子供という逃れることができないプレッシャーと戦っていること。そして、1週間の選挙中どんな思いで授業を受けているのだろう。ましてや他の候補者の連呼の声が聞こえてきたときは、ましてや父親の連呼の声が聞こえてきたら・・
 改めて強く肝に銘じたことは、どんなことがあっても家族は自分の手で守っていこう。どんなことがあっても家族に心配をかけない議員になろう。そして、逆に私の後ろ姿を見ながら育った子供が世間に迷惑をかけるようなことがあったら、その責任の一端は自分にあるから、潔く議員を止めさせていただこうと・・・。
 このことは、私のような横着な人間が議員をさせていただく時に、家族と市民の皆さんへの最大の公約です。

 今、市長の息子の逮捕で市長の道義的責任が問われています。私だったら、捜査は警察に任せるとして、自分はやめます。とても足下でそのようなことが起こったら35万市民の幸せの先頭に立つなどできません。市長がどう責任を果たされるか、市民のみんなが注目しています。
 皆さんのご長寿と、久しくお元気であられますことを願っています。ありがとうございました。


 9月16日、豊橋駅自由連絡通路と橋上駅舎がオープン。多くの市民が記念式典に集まり、市長は「東三河の玄関口が立派にオープンしました。市民各位にこの度の不祥事でご迷惑をおかけました。深くお詫び申し上げるとともに、この街のさらなる発展のために頑張っていく所存でございます・・」。
 しかし、予定されていたレセプションは中止。駅前では駅前広場の鉄骨がむき出しになっていた。

 出会ったある若い記者、「伊藤さん、議会でいわれたように自由競争で入札が行われたら、弱小の会社はつぶれて、そこに働いている人は路頭に迷うことになりますが、いいのですか?」なんという時代錯誤の質問。悲しい・・・。

 何か大きな物を感ずる。得体の知れない何かがのしかかってくるような・・。消防音楽隊の祝典行進曲が、真新しい豊橋駅の空間に流れていた。


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