★ひであきの動き、議会の動き★

'10/09 総仕上げへ!あと半年
●9月28日(火)予想された雨も上がり、爽やかな秋の風の中を東三河懇話会主催の「琵琶湖博物館視察会」に参加。今回は参加者が少なく30人。新名神から栗東インターで降り、烏丸半島の博物館へ。琵琶湖の歴史は遠く400万年前までさかのぼって、琵琶湖にしかない進化のドラマを展示とジオラマでたどることができる。また琵琶湖の周りの人間が琵琶湖の自然と共存し、その恵みを受けながら生活文化を発展させてきた歴史をうかがい知ることができる。

 10月27日から名古屋で始まる生物多様性条約第10回締約国会議−COP10に連動した視察会。

●9月27日(月)午後6時、やっと決算委員会が終わった。来年の決算委員会には自分はいない。その意味で最後の決算委員会となった。

 この日、名古屋のリコール署名が期限を迎えた。深夜0時少し前に河村名古屋市長が署名して終わった。今後、署名のチェックがなされ、36万6000人分の署名が確認できれば住民投票請求が名古屋市議会になされることになる。どうやら、この壁は突破しそうな雰囲気である。どうする名古屋市議会。

●9月25日(土)午前10時から市議団が集まって「第五次基本構想」の勉強会。昼食をはさんで、丁寧に行った。

●9月24日(金)決算委員会3日目。教育費の質疑の中で共産党伊達議員が「学校営繕要請項目が各学校から上がっているのに、太陽光発電パネルを74小中学校に設置したが、維持メンテナンス費用などどう考えるのか」と質疑中、答弁に立った佐原市長は「専門家でない方に言われたくない・・」と発言し、「議事進行!」がかかり審議はストップ。お詫びして発言を削除するとしたが、二元代表制のもとで市長と議会の在り方を根底から崩すことになり看過できない問題である。

●9月23日(木)朝早くから墓参のために岐阜へ。

●9月19日(日)敬老の日。米寿を迎えた義母が食べたいという栗粉餅を求めて中津川まで行くことになった。恵那山の麓のまち 中津川には、初秋ならではの魅力にあふれていた。坂下椛の湖にほど近い、「椛の湖自然公園」にある広大なそば畑では手作りイベントが開かれていた。例年になく、花は遅く、まだら模様。こんな時のそばはおいしいとか。

 中津川へ来たら寄らなければならないのは「川上屋」。名物の栗きんとんを求めて、買い物客や団体客でごった返していた。昼食も「ちこり村 バーバーズダイニング」で一時間待ち。秋の行楽を求めて人は動く。

●9月18日(土)朝市で「ひでレポ」を配る。そのために朝6時半ごろに市役所の控室で印刷。頑張る、自分をほめてやりたいと思う。来春の統一選を区切りに引退することになる24年の議員生活。その最終ゴールまであと半年。その半年を最後まで走りぬこうとする生真面目な自分をほめてやりたいと思う。

●9月17日(金)久しぶりに映画を見る。話題の「悪人」。朴訥と生きる普通の若者が、人を殺め、出会った女性との逃避行。悪とは何か。善とは何かを問いかけてくる。人間という動物は善と悪という両面を持っているし、善悪の論理で裁くことができないものなのだ。そして、善人がいつ悪人になるかもしれないことを重く訴えている。久しぶりの人間を追及する映画に堪能。

●9月16日(木)名古屋市議会を傍聴した。児童虐待や生活保護急増対策、市立病院の整備、防災対策としての老朽住宅撤去補助金や耐震改修などについての質問が続き非常に参考になった。

 そして何よりも民主党議員から昨春の市長選挙における民主党の推薦と政策協議について、市長マニフェストの減税や行財政改革について、さらには民主党県連が市長推薦取り消しを決定した理由など対立する市長対議会そのままの応酬が際立った。

 「一体、この1年半でどれだけの人が市長と袂(たもと)をわかったのでしょうか」「市長の独断と偏見が市政を混乱させている」と切り込む議員側。

 これに対し河村市長は「市民税減税を1年にされたことは心の魂を奪われたようなもの」「どうぞ市長に不信任案を提出してくだせい。議会も解散して、市民に判断を求めましょうよ」と議論はかみ合わない。

 何故、ひざつき合わせて話し合い、いいものを生み出そうとしないのだろう。どうみても河村市長の類まれなキャラクターには協調・対話という言葉はないのではないか。午前10時から午後3時まで、約4時間のせめぎあいを傍聴していた率直な感想である。

●9月15日(水)午前10時から予算委員会。発言する機会は、例によって一番最後の午後2時半過ぎに回ってきた。「議事進行!」「まだやるのか」とのブーイングの中での質問である。この人たちは何のために集まってきているのだろうか。議会をなんだと思っているのだろうか!。

●9月14日(火)夜、第311回産学官交流サロン。演題は「愛知大学現代中国学部の中国教育」と題し愛知大学現代中国学部長の砂山幸雄氏。「あいちの多文化共生社会づくりと東三河地域の現状と課題と対応」については愛知県地域振興部国際間の北川明夫氏。ともに中身のある話ではあったが、何せ、おもしろくないのが残念。

●9月12日(日)相変わらずの猛暑。夜、娘夫婦と回転ずしの食事会。炎天のもとで地元小学校での校区運動会の役員を務めて真っ黒になった娘夫婦。生ビールがおいしいらしく、食も進んだ。

 帰宅後、党員登録のために各地区委員を回った。真面目に、黙々と党勢拡大に頑張っていただいている。感謝。

●9月11日(土)やっと、念願がかなった。やっと達成できた。退院以来、近くの東雲商店街を「ひであきレポート」をもってまわる事がなかなかできなかった。
 参院選の選挙中は勿論、選挙法の関係もあり配布できなかったが、それ以降も体調が不十分だったり、ゲソッとした病人のままの自分をさらけ出したくなかった。
 それが、今日、いつものように早朝配布の後、午前10時ころから、「ひでレポ」を片手に商店街を回った。「しばらく、ごぶさたしていました」というあいさつが終わらないうちに「心配しとったぞ、元気になったのか」と迎えていただいた。嬉しかった。みんな待っていてくれた。
 陰ながら応援してくれる喫茶店でランチを、別の喫茶店ではアイスコーヒーを飲んで、休み休みだったが、とにかく壁を超えた!。

●9月10日(金)終日、控室で9月議会の決算審査に向けた各部各課のレクチャーをいただいた。

 夕方から、向かったのは名古屋・栄の教育センター。名古屋市議会が主催した「名古屋の未来を考えるシンポジュウム」。
 一連の河村市長との対決の構図だけがメディアに取り上げられているが、その戦いの本質は「地方議会の存在意義を担保する二元代表制の危機」である。住民に選挙で選ばれた市長と、同じく住民に選挙で選ばれた議員とが、議会という場で政策を議論しあい、より優れたまちづくりに向かうのが二元代表制の本質。
 その一方である市長が、議会を解散しようとリコール運動の先頭に立つ異常さ。それは、そのまま地方議会の危機である。それだけに名古屋市議会は市民の期待に応えうる議会に大いに脱皮すべきだ。

 問題なのは、名古屋市議会が市長から突き付けられている議会の存在意義、そして住民からの議会は住民と離れていないかという厳しいまなざしは、実は全国どこの地方議会が潜在的にもっている問題点であるということ。その危機感を同じく地方議会に籍を置く人間として共有しなければならない。

 閉会後、会場で前公明新聞名古屋支局長と再会。一献傾け、名古屋市政談義。

●9月9日(水)阪神を相手に中日の死闘が続く。勝てば首位、5ヶ月ぶりの首位という劇的な9回表に、抑えに出てきた岩瀬が三塁打とポテンヒットで同点とされ、そのまま延長12回まで。野球にかけた男たちの意地と意地のぶつかりあいに堪能。

●9月7日(火)豊橋市議会9月定例会の一般質問二日目に登壇し、1.新たなる行政経営について、2.ゲリラ豪雨への対策についての2点を取り上げ、市長に質しました。昨年12月の12月議会一般質問に登壇してから、実に9か月ぶりの本会議での登壇となった。

 昨年末からの豊橋市民病院への約一ヶ月の入院、そして3月議会を終えて、4月の愛知医科大学病院への入院、そして4月19日の8時間に及ぶ胸部大動脈りゅうへのステントグラフト挿入手術・・・、この手術はある一定の覚悟をもって臨んだことだった。
 そして、5月3日の退院、しかし、6月議会には体力が戻らず、登壇できず、参院選と事のほか暑かったこの夏を乗り越え、やっとの本会議登壇。感無量であった。“生きていること”の素晴らしさと重みを最高に感じたひと時だった。

●9月5日(日)地元小学校区の校区運動会が炎天の日差しの中で行われた。
 「熱中症に気を付けて水分を補給してください」と何度もアナウンスされる中で、小学生からお年寄りまで汗を流す校区最大のイベント。その陰に、前日からの準備や本番当日も、黙々と役目をこなす校区役員さんたちのご努力にただ感謝。9月議会の準備もあり、昼で切り上げさせていただいたが、後ろ髪をひかれる思いだった。

●9月1日(水)8月29日から始めた「ひであきレポート」の早朝配布。5時過ぎのすがすがしい時間帯に、朝の挨拶をしながら「ひでレポ」を配ることができるようになったことがうれしい。


8月 月間レポートへ