伊藤ひであきの視察報告

視察報告 世田谷で教科「日本語」を学ぶ

●魅力ある公立小中の構築

 東京23区最大の住宅都市−世田谷区は58.08kuの面積に約83万人が住んでいる。また、緑も豊かで文化施設も充実し、「文化の世田谷」としても知られて、様々な魅力にあふれている。一般会計2,354億円、財政力指数0.83、公債費比率は7.7%。人間尊重、環境共生、区民自治を基本理念に、生活文化都市をめざす。

 「15坪の土地付建売住宅が6,000万円と安くなってきたので住民が増えてきた」といわれても、地方の生活実感とはあまりにもかけ離れている。その世田谷区に小学校は72校、児童数は35,259人。内区立小学校は64校、区立小へ通う児童数は30,744人と87%。その児童の1/3が中学校は私立中、もしくは国立中に行くという。よって区内に中学校は54校、内区立は31校、区立中学校生徒数は10,056人で全区内生徒数の52%という現実がある。

 「魅了ある区立小・中学校の構築」は学校選択制を採用せず、地域と一体となって、「すべての原点は教育にある」と取り組んできた世田谷の喫緊の課題である。その具体的な取組みが世田谷「日本語」教育特区である。

●なぜ「国語」でなく「日本語」なのか

 世田谷区では世田谷「日本語教育特区」を申請し、平成16年12月に認定を受け、世田谷独自の教科として「日本語」のカリキュラムや教材などを検討するなど準備期間を経て、平成19年度から教科「日本語」の授業が始まっている。
 どんな施策にも、背景があり、人がいる。都立高校数学教諭、NHK教育テレビ数学講座講師を経て、都教育庁指導主事、そして世田谷区教育委員会教育指導課長などを歴任し、平成16年から世田谷区教育長である若井田正文氏である。

 折りしも、日本の子どもの学力低下が問題になっているときに、また当時、児童による同級生殺人事件などが社会を震撼させていたが「日本の生徒に不足しているのは、ひとことでいえば『知力』である。また豊かな人間性、社会性の基盤のひとつは『言葉』である」が若井田教育長の持論。
 言葉とは「思い、考え、感じる基盤。自分を語り、表現し、話し合う基盤。日本文化の基調『日本語』」というコンセプトから、「美しい日本語を世田谷の学校から」という啓発資料を世田谷の全家庭に配布したのが平成14年、翌年には、その国語力向上モデル校実践事例のフォーラムを開催し、「日本語教育特区」の申請へとステップを踏んでいる。

 そして、情報化、国際化の中で、さらに深い思考力と表現力が求められる。そしてその基礎を担うのが「母語」の力に他ならない。日本語を深く理解するためには、日本文化を深く理解しなければならない。そのためには、当然のこと、日本語の深い理解が必要になる。「深く考える子ども、自分の思いや考えを表現することができる子ども、日本文化を理解し大切にする子ども」を育てるねらいから「『日本語』教育特区」なのである。

●教科「日本語」の授業風景

 具体的には、小学校では週に1時間(年間35時間)、総合的な学習時間をあてている。主に古典の音読や暗誦を通して、日本語の響きやリズムを楽しむ学習である。和歌、俳句、古文、漢詩、論語など時の流れ淘汰を経て継承されてきた殊玉の言葉、古典の持つ力に触れる。もう一つは自分たちの郷土や伝統文化などについて調べ考え発表する学習などである。

 中学校では週2時間(年間70時間)をあて、「哲学」「表現」「日本文化」を学ぶ。「哲学」はギリシャ哲学やその歴史ではなく「人生観」「社会観」「自然観」に分かれ「考えることを考える」のだという。
 また「表現」の授業は、数学を言葉で表現する「数学の作文」や、400字詰め原稿用紙40枚のレポートを書こうなどで構成されている。

 小学校一年生が「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕はす。奢れる者久しからず、ただ春の世の夢の如し。猛き人も遂には滅びぬ。偏に風の前の塵に同じ」と「平家物語」の冒頭の一節を大きな声で暗誦するのである。(学習指導要綱では学年ごとに習得する漢字が決められているが、特区はその制約を受けない。そのため、古典も原文のまま味あうことができる)
 中学生が1万6000字のレポートで自分の考えや感じたことなどを、自分の言葉で表現するのである。  (写真は小学校1年生の「日本語」教科書。日本語の響きやリズムを楽しむための漢詩)

 世田谷区が独自で作られた教科「日本語」の6冊の教科書をいただきましたが、暑い中持ち帰ってくるのは汗だくでしたが、「世田谷の子どもたちに豊かな心と知力を」と願う世田谷の思いが一杯詰まっていました。


 今回、世田谷区で教科「日本語」の視察に訪問したのは我が豊橋で「英語教育推進特区」による「英会話のできる豊橋っ子育成プラン」が着実に進んでおり、次期学習指導要領で、小学校高学年に外国語活動が新設される方向でもある。しかし、一方で、国語の時間は大正時代には14時間、私たちの昭和30年代には10時間、今や週6.7時間(小学4年生)という実態がある。これでいいのかという問題意識でした。
 世田谷区で教育委員会の担当者から「『英語が使える日本人』の育成のための行動計画」についての文部科学広報も示していただいて、その中に「英語によるコミュニュケーション能力の育成のため、すべての知的活動の基盤となる国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成する」と「国語力の向上」が位置づけられていることも知り得ることもできました。

 視察に際し、世田谷区教育委員会直田副参事、小島教育指導課長、議会事務局島根主事に大変にお世話になりました。ありがとうございました。


ホームページに戻る 視察報告メニュー