伊藤ひであきの視察報告

視察報告 甲州市の産業遺産まちづくり

●近代産業遺産に新たな息吹を

 平成17年11月に塩山市、勝沼町、大和村が合併して誕生した甲州市。人口36,000人、面積264Kuの田園都市である。勝沼ぶどう郷駅に降り立てばこの地域の特性が手に取るようにわかる。
 @豊かな自然環境と美しい果樹景観を有する標高差の大きい地域。A東京、中部、北関東、静岡など四方に交流の玄関口を持つ地域。B歴史に彩られた文化遺産が数多く存在する地域。C果樹生産と農業を基盤とした産業が集積している地域・・・。

 なかでも甲州市勝沼町は、日本のぶどうワインの発祥地として、ぶどうづくり1300年、ワインづくり130年の歴史と文化が息づくまちであり、地域には「近代産業遺産」と言われる歴史的に価値のある建造物が多く残されている。
 よって新時代に即応した地域活性化を進めていくために、従来の開発型でなく、近代産業遺産を活用した活性化構想を立てて、ぶどうとワインに加えて、近代産業遺産が息づくまちとして、さらに魅力ある観光地づくりへと取り組んでいくことにした。それが「勝沼タイムトンネル100年構想」である。

●鉄道遺産を甦(よみがえらせ)る

 中央線が開通したのは明治36年(1903年)。その7年前から工事が始まり、特に笹子トンネルから勝沼にかけては難工事の連続だったと言われます。そしてまた、鉄道の開通は、ぶどうとワインの輸送に大きな革命をもたらしました。江戸時代から中央線が開通するまでは、勝沼のぶどうは馬の背に乗せ甲州街道を江戸まで3日から6日かけ運んでいたという。

 ところが明治36年に開通した中央線はこれをわずか半日で、しかも大量に送れる事となり、様々な品種のぶどうが市場に送られるようになり、ぶどう産地−勝沼の名を更に広めることになり、ぶどう畑が飛躍的に拡大されていった。その動きは大正2年勝沼駅の新設をもたらし、この地域を大きく変えていった。
 そして、現在の勝沼ぶどう郷駅の東に位置する100年前の旧大日影トンネル(1400m)や旧深沢トンネル(1100m)は役目を終えて(平成9年)静かに時を刻んでいた。この旧トンネルのある一帯を遊歩道や公園化するとともに、トンネルの一部をワインカーブとして活用し、鉄道遺産を甦らせる計画が具体化されていった。

 勝沼ぶどう郷駅周辺に残るレンガ積みの鉄道遺産を見ながら、大日影トンネル遊歩道を実際に歩いてみるとなかはひんやりとし、レールは当時のままであり、天井にはSL時代のなごりである煤(すす)が付着している。途中には鉄道標識や、保線作業員のための待避所があり、そこにはトンネルの歴史を紹介する説明板が設けられている。鉄道ファンならずとも興味ある遊歩道である。遊歩道の完成は昨年の平成19年3月。
 また、深沢トンネルは平成17年5月にワインカーブとして生まれ変わり、ワイナリーや個人オーナーの貯蔵庫になっている。自然の状態で適温に保たれた環境はワインセラーとして最適なのだという。

●甲州人の愛着や誇りを醸成

 その他にも勝沼のぶどう栽培の歴史や、そのための土木や建築の近代産業遺産のほかに、甲州ぶどうの発祥伝説を秘める大善寺、甲斐源氏の勝沼氏館跡や甲州街道の宿場町、旧田中銀行、ぶどう酒資料館、祝村醸造会社(日本初の醸造会社)跡地、旧宮崎葡萄酒醸造施設(勝沼の観光農園の基礎を築いた)など歴史遺産が多数残されており、これらを総事業費7.8億円かけて平成17年度から5年間を第一期工事として取り組んでいる。うち40%は国土交通省まちづくり交付金を活用している。

 近代産業遺産に新たな生命を吹き込むことは、地域経済に貢献していくことになるが、それはまた同時に住民の心に地域に対する愛着や誇りを醸成していくことにつながるはずである。甲州勝沼の人たちが千年を越える歴史を持つ固有のぶどうワイン文化を大切にしてきたように、近代産業遺産を生かしたまちづくり−勝沼タイムトンネル100年構想が、地域活性化の推進にどのような役割を果たすことになるのか。果樹園交流都市−甲州市勝沼の100年先に期待したい。


 視察に際し、甲州市観光産業部観光課の三森課長補佐、議会事務局の坂本主任に大変にお世話になりました。ありがとうございました。


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